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青森地方裁判所 昭和52年(ワ)195号 判決

原告

能登谷茂次

ほか一名

被告

相坂茂

主文

一  被告は原告らのそれぞれに対し各金一六二万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年七月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  主文第一項は仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対し各金四四六万八、六九六円及びこれに対する昭和五二年七月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め

その請求の原因として

一  本件事故の発生

昭和五一年八月一三日午後三時三五分頃、青森県東津軽郡平内町大字小湊字小湊一一三番地先路上において、被告運転の普通貨物自動車(以下被告車という)が訴外能登谷茂剛と衝突し、この結果同人は即死した。

二  責任原因

被告は、被告車の所有者であつて、自動車損害賠償保障法三条により本件事故に基づき亡茂剛及び原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

(一)  逸失利益 一四五三万七、三九二円

1  亡茂剛は、事故当時満六歳の男子で、本件事故がなければ今後六六、六七年生存し、少なくとも一八歳から六七歳までの五〇年間稼働できた筈である。

そして昭和五〇年における賃金センサス第一巻第一表によると、産業計企業規模計の男子労働者の年齢階級二〇ないし二四歳の平均給与額は、月間きまつて支給される給与額が一〇万二、四〇〇円、年間特別給与額が三〇万七、五〇〇円であり、したがつてこれらを合わせた年間の給与額は一五三万六、三〇〇円である。そうすると亡茂剛は、本件事故にあわなければ、前記稼働可能の五〇年間、毎年、前記平均給与額に昭和五〇年以降現在に至るまでの賃金上昇分として五パーセントを加算した金額一六一万三、一一五円の収入を得ることができた筈である。

他方生活費は右収入の五割を超えない。

そうすると亡茂剛の年間収益額は右生活費を控除した残金八〇万六、五五七円となり、同人は本件事故により前記五〇年間毎年右金額相当の得べかりし利益を失つたことになる。

そこでこれを事故発生時における一時払額に換算するため、ホフマン式計算法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると一四五三万七、三九二円となる。

(107,520円×12+322,875円)×1/2×ホフマン係数18.024

2  原告茂次は亡茂剛の父、同孝子は母であつて、相続により、右損害賠償請求権を、それぞれ右金額の二分の一にあたる七二六万八、六九六円ずつ取得した。

(二)  葬儀費 各二〇万円

原告らは亡茂剛の葬儀のため四〇万円を支出したので、各自これの半額である二〇万円の損害を被つた。

(三)  慰藉料 各三五〇万円

茂剛の事故死による原告らの精神的苦痛を慰藉するには各自三五〇万円が相当である。

(四)  損害の一部填補

原告らは、本件事故に基づく損害の填補として自賠責保険金一三八〇万円の支払を受けた。

そこで右金員の半額である六九〇万円ずつをそれぞれ原告茂次、同孝子の前記各損害金の支払に充当した。

(五)  弁護士費用 各四〇万円

原告らは、本訴の提起追行方を原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、その費用として原告ら各自四〇万円ずつの支払を約した。

四  請求

よつて原告らはそれぞれ被告に対し右損害金残金四四六万八、六九六円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五二年七月六日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告主張の免責の抗弁を否認し、金五万円の支払を受けたことは認めると述べた被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め

答弁及び抗弁として

一  請求原因一の事実は認める。

同二の事実中、被告車が被告の所有であることは認める。

同三の事実は不知。

二  自賠法三条但書免責事由

被告は、本件事故当時、前方左右に注意を払いつつ、時速約一〇キロメートルの低速で被告車を運転していたものであつて、そこに何らの過失もない。本件事故は、被告者茂剛が被告車の進路直前約五メートルの地点を、突然道路左側の自宅から走り出て横断しようとした過失により生じたものである。

三  被告は、原告らが自認する自賠責保険金のほか、本件事故に基づく損害填補のため、原告らに対し香典名義で五万円を支払つた。

と述べた。

理由

一  本件事故の発生

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

被告車が被告の所有であることは当事者間に争いがない。

そうすると他に特段の事情がない限り、被告は運行供用者として、自賠法三条により本件事故に起因して亡茂嗣及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

(一)  亡茂剛の逸失利益及びその相殺

1  成立に争いのない甲第一号証及び原告能登谷茂次本人尋問の結果によると、亡茂剛は、本件事故当時、満五歳の健康な男子であつたことが認められ、そして右認定事実に、満五歳の健康状態が普通の男子の平均余命年数が昭和五〇年簡易生命表によると六七、八三年であることを併せ考慮すると、他に特段の資料のない本件の場合、亡茂剛は、本件事故にあわなければ、高等学校を卒業し、満一八歳から六七歳までの五〇年間稼働でき、この間少なくとも産業計企業規模計の高校卒の学歴をもつ男子の平均給与額相当の収入を得ることが可能であつたものと推認する。

そこで昭和五〇年労働省統計情報部、賃金構造基本統計調査によると、本件事故の前年である昭和五〇年度における産業計企業規模計の新制高校卒の学歴をもつ男子労働者の平均給与額は、月間きまつて支給される現金給与額が一四万三、一〇〇円、年間賞与その他特別給与額が五四万七、九〇〇円であること、したがつて一か年の平均給与額が二二六万五、一〇〇円であることは当裁判所に顕著である。

ところで損害額は原則として不法行為時を基準として算定すべきものであるが、しかし死者の逸失利益のようにそれが将来にわたつて継続する場合、口頭弁論終結時を越える将来の部分の得べかりし収入額を算出するについては、終結時までの諸事情を考慮すべきであり、したがつて本件の場合亡茂剛の逸失利益算定の基礎となるべき収入は未だ現在のものとなつていない将来の昭和六三年以降の得べかりし収入であるから、その収入額を算出するについては本件不法行為時である昭和五〇年当時の事情によらず、より新しい口頭弁論終結時の資料を使用して右収入額を決定して妨げない。そしてこのようにして算定された逸失利益の損害の賠償は、将来の損害の先取手続としての性格のものであるから、等価の原則に従つて、本件不法行為時における現在価格に換算すればよいわけである。

そこで本件口頭弁論終結時における前記男子労働者の平均給与額がベースアツプ等により少なくとも昭和五〇年度における前記平均給与額よりもその五パーセント程度上昇していることは公知であるから、これを加算すると年額二三七万八、三五五円となる。

しかして亡茂剛は前記稼働可能の五〇年間を平均すると、少なくとも毎年右金額を下らない収入を得ることができたものと推認する。

他方右収入を得るに必要な生活費は前記稼働可能期間を通じて五割と認める。

そうすると亡茂剛の年間純収益は一一八万九一七七円(但し円未満切捨。以下同様)になり、同人は本件事故によつて前記稼働可能期間を通じて毎年右金額相当の得べかりし利益を失つたものというべきである。

そこでこれを本件事故発生時における一時払額に換算するためライプニツツ式計算法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると一一四五万八、〇三〇円となる。

{1,189,177円×(利率5%期数62年の複利年金現価率19.02883404-利率5%期数13年の複利年金現価率9.39357299)}

2  原告茂次が亡茂剛の父、同孝子が母であつて、他に相続人がいないことは前記甲第一号証によつて明らかであるから、原告らはそれぞれ相続により右損害賠償請求権をその二分の一にあたる五七二万九、〇一五円ずつ取得したことになる。

(二)  葬儀費用

弁論の全趣旨によると、原告らが亡茂剛の葬儀を執り行ない、その費用として合計四〇万円を下らない金額を支出し、原告らそれぞれがその二分の一にあたる各二〇万円ずつ負担し、同額の損害を被つたことが認められる。

(三)  慰藉料

原告らが茂剛を不慮の事故で失い、大きな心痛を被つていることは容易に推認される。その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、原告らの右精神的苦痛を慰藉するに足りる金額は各三五〇万円が相当である。

(四)  自賠法三条但書免責事由の存否及び過失相殺

1  本件にあらわれた全証拠をもつてしても、本件事故の発生につき被告に過失がなく、被害者茂剛の一方的過失によつたものであると認めることができない。

かえつて成立に争いのない甲第四号証の一ないし七、証人工藤定男の証言並びに原告能登谷茂次及び被告各本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。

(1) 本件道路は、南北に走る延長約五〇メートルの袋小路であつて、北方は東西に走る町道に通じ、路面はアスフアルト舗装、幅員は約二・七ないし三・五メートル前後、本件事故発生地点では三メートルである。

本件道路の東側は道路に面して原告ら方居宅、車庫のほか三軒の住家、飲食店が建ち並んでいて、本件道路はこれらの私有地で、私道として使用されているが、道路入口には車両の進入を禁止する措置は何ら講じられていない。しかし袋小路で通り抜けができないため、車両の通行量は極く少なく、本件道路に面した各戸に所用のある車両が日にせいぜい数台程度通行するだけである。

(2) 被告は、被告車を運転し、本件道路の南方から町道に出るため時速約二〇キロメートルで北進してきたが、本件道路の前記幅員と被告車の車両が一・五九メートルであることからして、道路右端すなわち道路東側に面して建ち並ぶ人家と被告車との間には僅かに六〇ないし七〇センチ程度の間隔しかおけずに進行し、本件事故現場付近に差しかかつたところ、右斜め前方約一メートルの地点に、道路に面する原告ら宅玄関から道路上に走り出てきた被害者を認め、突嗟に急制動の措置を講じたが間に合わず、被告車右前部を同人に衝突転倒させたうえ、右前輪で轢過し、本件事故となつた。

以上のように認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

前認定のように本件道路は幅員僅かに三メートル前後の狭隘な私道で、車両の通行も稀な袋小路であるから、道路に面する人家の住民らが交通上の危険を全く顧慮することなく、屋内から道路上に飛び出してくることのあることは十分予想されるところである。そしてかように狭隘な道路であるため、被告車は、人家とは僅かに六〇ないし七〇センチ程度の間隔をおいたのみで、いわば軒先すれすれの状態で進行することを余儀なくされていたのであるから、少しでも道路内に飛び出す者があれば、相互に避ける余裕を殆ど期待できず、接触に至る危険性が極めて高いものであつたと認められる。したがつてこのような道路を進行する自動車運転者としては、右のような交通の危険を予見し、自車の進路直前に飛び出してくる者があるときは、即時停車して、事故の発生を回避できる範囲内に速度を調節して進行すべき注意義務があるものといわねばならない。しかるに被告がかような配慮を尽さず、時速約二〇キロメートルで進行を継続し、本件事故を惹き起こしたことは、やはりこれについて前記注意義務を十分尽さなかつた過失があつたものと認める。

したがつて被告主張の前記免責の抗弁は採用しない。

2  しかしながら他方、前認定のように本件道路は私道ではあるが、車両の通行を禁止していたわけではなく、時に車両の通行があつたのであるから、この点に配慮をつくさず、道路上被告車の進路直前に飛び出した被害者茂剛にも相当の過失があつたといわねばならない。

もつとも茂剛は当時満五歳の幼児で、責任能力はもちろん事理弁識能力を具えるものであつたとは認め難いが、しかし過失相殺は、もつぱら損害の公平な分担という見地から加害者の責に負わすべき損害賠償額を軽減調整する制度として設けられたものであつて、被害者の責任を非難する趣旨のものではない。かかる見地からすれば、過失相殺における被害者の過失とは客観的に要求される注意義務に違反する被害者の行為(主観的違法)と理解すべきであり、かかる被害者の行為が損害の発生拡大に有因であれば、被害者に過失ありとしてこれを賠償額の決定に斟酌すべく、これにつき被害者が前記能力を具えている必要はないし、またあえて監護義務者の過失を持ち出す必要もない。

そうすると被害者茂剛の前記行為は客観的に注意義務に違反する過失行為であることは明らかであるから、本件賠償額を定めるについて右過失を斟酌すべきである。

そこで原告らそれぞれの前記(一)、(二)、(三)の各損害金合計九四二万九、〇一五円について、被害者茂剛の前記過失を斟酌し、その約一割にあたる額を控除し、被告に賠償の責を負わせるべき損害額は原告らのそれぞれにつき各八四〇万円をもつて相当と認める。

(五)  損害の一部填補

原告らが本件事故に基づく損害の填補として自賠責保険金一三八〇万円の支払を受けたことは原告らの目認するところであり、さらに原告らが被告から五万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

そこで右支払金合計一三八五万円の二分の一にあたる各六九二万五、〇〇〇円を原告らそれぞれの前記損害賠償金八四〇万円から控除すべく、そうすると原告らが被告に対し本訴で賠償を請求し得る損害額は各一四七万五、〇〇〇円となる。

(六)  弁護士費用

原告らは被告に対し前述の損害賠償請求権を有するが、弁論の全趣旨によると、被告が任意の賠償に応じないため、原告らはやむなく本訴の提起追行方を原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、その主張の額の費用報酬を支払い、かつ支払う旨約したことが認められる。

そして右事実に、前記損害認定額、本件事案の難易、本訴追行の経過等の諸事情を考慮すると、原告らが支払うべき右弁護士費用のうち、各原告につき一五万円ずつの限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

四  結論

以上の次第により被告は原告らのそれぞれに対し、前記各損害金合計一六二万五、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年七月六日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告らの被告に対する本訴請求は右金員の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺康次)

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